不動産取引と手付金

いつもありがとうございます。
主に営業活動を行っている松崎好明です。

大分暑くなってきましたね~。外出時のマスクも暑さを倍増させますがこれは仕方ないですね。通風もいいですが、これからの時期は湿気を室内によびこむことになりますので、エアコンでドライ運転などしてくださいね。多すぎる湿気は結露のもとになりますので。それから網戸の汚れはかび菌の宝庫でもありますので、掃除してから換気がベストです。カビはアレルギー物質なんで気を付けてください。

それでは本題です。当時、初の新築の案件で土地の契約をする際に、手付金というのが必要になり、いくらかと言うと売買金額の1割頂ければと、業者の方に言われ様な気がします。その当時は手付の性質というものがよくわかっていなかったので、業者さんの言われたと通りの取引をするのが当たり前だと思っていました。
実際に取引というのは、売主さんと買主さんとの合意で成り立つものなので、売ります!買います!で成立します。

もっと踏み込んでいけば手付金額の決まりはありません。1,000円でもOKです。例えば売主さんが1,000万円の土地を
売るのに買主さんに手付金を500万円くださいといって買主さんが了承すればそれでもOKなんです。民法上なんの問題もありません。ただし売主が宅建業者(不動産屋)で買主さんが宅建業者でない場合に話が変わっていきます。
その場合は民法ではなく宅建業法が適用され、手付金なども売買金額の2割を超えてはならないという制約がでてきます。1,000万円の売買なら手付金は200万円をこえてはダメだという事です。

なんでそんなことになるかと言うと、売主側が宅建業者=不動産のプロ、買主さんは素人となった場合、売主は自分に有利に話を進めて契約等にもっていくことが考えられるからです。もっともそんな業者さんがあってはならないですが、知らぬ間に買主が不利な条件で契約した場合などのトラブルを防ぐために宅建業法という制度をもうけて素人である買主さんを保護しています。ですから買主、売主双方が宅建業者の場合はこの規定はありません。
不動産売買というのは高額な取引になるので、とにかく買主さんに不利になる要因を排除していく法律です。

話を戻すと手付金を1割というのは決まりではないので、交渉することはできるという事です。
じゃあ手付金なしでもいいの?ということになりますよね。はい大丈夫です。しかしこれは売主側からみると、本当に買う意思があるのか不安になります。このあたりの取り決めを売主側、買主側双方から聞いてすり合わせしていくのが仲介業者となるわけです。個人売買でも可能ですが、不動産取引は高額となるため、間を取り持つ交渉役を仲介業者に頼むのが一般的な流れとなります。その方が安心しますよね。

今日はこの辺で終わりにします。できるだけステイホームで素敵な夜を。

インプットとアフトプット!

いつもありがとうございます。
主に営業活動を行っている松崎好明です。

1日中デスクワークしてるとコーヒー何杯のむのかな~。合間隙間に結構飲んでますね。50分に1回くらい飲んでるかも。飲みすぎかなww自分のやっているデスクワークは、お客様へむけたものなんですが、白紙の状態から考える時が結構あってなかなかやりがいがありますよ。構想が済むと作業に取りかかります。作業に入ると後は時間との勝負なんで予想以上のハイペースで終わります。考えるまでは作業ではないので時間を食うので、いつまでに仕上げるというゴール設定は必須です。仕組みにするまでが大変という感じでしょうか。

では本題です。昨日の記事の続きから・・・マイホーム計画が怪しくなってしまい、何とかしなければという事で住宅ローンも取引の流れも勉強しました。金融機関へ問い合わせして分かったことがあります。まず単語の意味がわかりません。何となくわかるもののありますが、保証料・抵当権設定費用・つなぎ資金・金消契約・それに伴う印紙代・質権などなど。何となくわかったつもりでお客様に話をしようとすると、結果、お客様には伝わらない。
表情みてたらわかります。何度も何度も反復した結果、自分自身が腑に落ちました。そこからようやく伝えても良いレベルになりました。

インプットしたら絶対にアウトプットしないとダメです!これは絶対。頭で理解していても、人に分かるように伝えていくのは別物です。例えばYouTubeで分かりやすく伝える芸人さんや各専門家の方々。あれってすごい事ですよぉ。。
ほんと伝え力半端ないです。伝え方とか実際にはあるので、この先はいろんな経験を実践していくしかないんですよねぇ。
誰からの話なのか・・・でも結果が大きく変わってきます。これって日常でもありますよね。

嫌いな人からの情報はいくら凄い情報であっても響かないけど、好きな人からの話なら、大した事でなくてもスッと受け入れますよね(笑)
一見聞いてるようで、実は全く聞いてない、よく威圧する上司との関係にありそうw

聴いてもらえるためにはどうすべきか?ここがとても重要だしいっつも課題です。専門用語は噛み砕いて伝えていくには、やはり努力しかないと思います。
随分本題から外れてしまいましたが、こちらが不安だとお客様はその何倍も不安だという事実。
随分ご迷惑をかけました。

土地の契約の話がほとんど出来ませんでしたのでまた次回とします。
今回はこれで終わりにします。できるだけステイホーム頑張りましょう。

初めてずくしの仕事

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主に営業活動を行っている松崎好明です。

お客様から相続(登記)の事を聞かれ分かることをお伝えし家系図を司法書士の先生にお渡ししました。
住宅の仕事をやっていると生活にかかわる税や不動産に関する事など本当に多方面の質問が出たりします。
お客様との話はコミュニケーションの神髄。聞かれたら答える、そして分からなければ調べる、そしてまた伝える。
自分の足らない所はお客様が教えてくれます。

さて本題です。マイホーム計画の重要項目である資金計画。営業を始めてから1,2年たった時に、新築の案件に巡り合い、初めましてからのスタートでした。若いご夫婦とお子様の3人家族でアパートにお住まいでした。
なんとなくマイホームが欲しいなと思われていて、私自身、新築案件は初めてでした。まずは土地を探すところからですが、なかなかいい物件にあたりません。

土地探しって本当に奥深いというかこれも縁だと感じます。またあの当時に話を戻します。
まずやったのが、不動産情報。お客様からヒヤリングした基準は松江市に通勤するご主人と米子市に通勤する奥様の通勤時間を考えてできれば中間のエリア。そうすると松江市と米子市の中間は安来かなとい目星。
当然予算がありますので、考えるのは良い立地で安い物件。ないです!そんなの!(汗)

今なら土地相場を調べることもできますが、何も知らない私はとにかく探し続けては、土日に見ていただく。
何社かの不動産屋さんにも連絡して調査もしました。そのころ不動産屋というイメージは土地を高値で売りつけるプロ集団というようなイメージwwいや実際にはそんなことはないと思います。叱られますねww
バブルのイメージが強すぎますね。安い価格の土地もありますが、なかなかいい物件に巡り合うことはできません。

大変だな~と思って動いていたところ、新たな分譲地情報があり、家庭菜園付きの付録がある物件でした。
日曜日毎にお会いしていたお客様、同じ時間を共有して仲よくさせていただいていたと思います。
その時に、このお客様は他社に行かれる様な気は全くしていませんでした。もちろん弊社との制約はなにもなかったです。人となりかな~って思います。信用してもらっていることが分かっていましたので本当にうれしかった。
しかもその土地を気に入っていただき、次は土地を買う手続きへと移ります。

実はこの先の仕事の進め方もやったことないし、未知の領域へ突入しました。この先の事は誰もわからないので聞く相手もいませんし、頼るのは自分自身という環境がまっており、不安の連続、初の資金計画でした。
この先でお客様のテンションが一気におちてしまう事が起きてしまいます。
今回はこの辺で終わりにします。
素敵な夜を。


素人営業7

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主に営業活動を行っている松崎好明です。

先ほど帰宅中に見えた夕陽。サンセット好きにはたまらない光景です。夕陽は人を優しくしていくというのが本当にわかりますね。コロナで変わったことも、何もなかったかのように感じる瞬間でした。

それでは本題です。素人営業6からの続きです。訪問販売とは違いますが、仕事の案件をいただくために繰り返しお宅を廻ることで、一つだけわかったこと。数廻ればなんとかなる。ただし、メンタルがやられるという事実。実際に新規のお客様との契約というのは大変でした。確かに廻ればゼロではないですが、やる気を失いそうになることもシバシバ。とにかくこの繰り返し。それでも怠けるとかサボるという事をしなかったのは、変なプライドがあったからです。

プライドというのはこの仕事でもっと結果を出したいという事です。この時、自分は何もできない奴だと、潜在意識では思っていたかもしれませんが、顕在意識で認めたくはないという自分自身への葛藤の繰り返しです。
仕事をしている人なら誰しも思っていることだと思いますが、組織の中にいる人間は、必ず誰かの役に立っている。そして認めてもらいたいと感じるものです。

逆にその気持ちなくして仕事できる人がいたらすごいことだと思います。例えばこの人は会社に必要な人間かどうかは本来は会社の社長やリーダー的な人が判断していきます。業績が悪化した場合、会社の存続のためには、使えない1人のために共倒れにすることは実際にできません。いわゆるリストラです。
私はその時に本当に必要な人間だったかどうか?いや居なくても会社は大丈夫だったと思います。でも人は自分の存在を必ずなにかの行動で示していきます。なぜか?守るものがあるからです。

それは自分の生活もそうですが、家族を守るという現実。だから現実とプライドと葛藤の中でみんな働いています。
もしかしたらあの当時、家族の中でのぬるま湯で甘えていたことも絶対にあります。それでも今こうしてこの仕事を続けてこられたのは、間違いなく自分より、家族やお客様の存在のおかげです。見守ってくれたことに感謝です。
なぜか営業の話から少しそれた感じもありますが、自分の気持ちに正直に向き合えば今こうして書いていることが
真実です。

自分の価値は自分ではわかりません。自分に足りないものは世間とお客様が教えてくれるのと、自信みたいなものはいつも顔をだしたり、ひっこんだりしています。落ち込むなんて日常茶飯事だったんで(汗)
あの時期、なにげに人間力を鍛えてもらっている時期だったことは間違いありません。
今回はこの辺りで終わりにします。
手洗い、うがいしっかりやっていきましょう。

素人営業6

いつもありがとうございます。
主に営業活動を行っている松崎好明です。

今日はいつもより遅く帰宅しましたので、食事の前に投稿します。食事後は眠くなるのでw
今日はお客様宅のネコちゃんにチュールというおやつを持っていきました。実はなかなか触らせてくれないネコちゃんだったので美味しいおやつで近づきたいなというのが本音です。抱っこまではできませんでしたが近づく事ができました。
かわいいですねw

さて本題です。素人営業5からの続きとします。
挨拶と件数を重ねて訪問して数日。ついにお客様から仕事の依頼があり、廻り続ける事、178件目。たまたま父の高校時代の同級生のお宅でした。父も会うのは何十年ぶりだっと思いますので、すぐに連れていき懐かしいプチ同窓会の始まりでした。あの時は嬉しかったな~。本当に。不思議なもので1件の受注は気分を高揚させてくれるので、確実に次へのステップになります。

色んな方々からの時には冷たいアシライによりテンションが下がるし、やる気も奪われましたけど、仕事を頂ける喜びを肌で感じた1日でした。一番喜んでくれたのは父(その時は社長)でした。とにかくこれまで弊社が仕事に行ったことのないエリアへの訪問を当初していましたので、初めましてばかりです。その時は建築の知識も殆どなかったのですが、話が出来る人に会うのは確率的に極小なんで説明不要ということになります。とにかく話が出来る人に会う、厳密に言えば巡り合うことが必要でした。

繰り返し、繰り返しその動作を信じて廻り続けて、新規のエリアでのお客様も確実に増えていったことで、廻ればなんとかなるという所までいきました。今思えば、自分の仕事はこれしかない!と決めたことで、幾度となくくじけそうになった自分を鼓舞することができたのと、やはり会社のみんな、家族の支えがあったからに違いないです。
ここまでくると成功した!みたいな投稿ですがとんでもありません(汗)試練は続いていきます。
今回はこの辺で終わりにします。 不要不急の外出は控えてまだまだステイホーム頑張りましょう。

素人営業5

いつもありがとうございます。
主に営業活動を行っている松崎好明です。

娘の小学校が31日まで休校だったのが、25日から再開となりました。学校関係者も保護者も合わせていくのも大変ですが何より子供たちの気持ちもきっと様々でしょう。しっかり向き合いたいと思います。ステイホームでストレスを感じているとはいえ、親も子も工夫して出来るだけ楽しく出来ているのかなと感じています。会社にも家族にも感謝です。

さて本題です。営業という任務でただひたすら回り続けていると、ある程度の訪問の型みたいなものが出来てきます。弊社のように大工部隊で営業していた会社には営業マニュアルの様なものは存在していないので、すべてが手探り。しかしながら目標というものを置いていない限り、自分が何をしているのか分からなくなる瞬間がありますので、まずは何でもいいので仕事になりそうな案件を頂くという目標で動いていました。

会社に行けば、何かしらの仕事がある、作業がある、というのは当たり前なんですが、やることが明確に分かっている安心感って、何をやっているのか分からない様な状態の私から思えば羨ましくも感じていたかもしれません。指示どうりに動いて作業をこなすのは給料を頂いている以上最低限やるべき仕事です。営業は仕事を取るという最大の目標があるのですが、仕事の案件がない間は、とても胸を張って帰社できる道理はありません。最も最初から父も兄も期待はそんなにしていなかったと思いますww無知で無名の会社の営業素人を受け入れてくれるほど世間は甘くありません。
気分のアップダウンは本当にありましたが、それでも毎日訪問を続けていました。挨拶と笑顔だけは忘れずに。。。

この何気ない挨拶と笑顔。これだけの事がどれだけ重大なことなのか、はっきり分かりました。
次回はこの挨拶をテーマにしてみたいと思います。
今回はこの辺りで終わりにします。
まだまだステイホーム頑張りましょう。

素人営業4

いつもありがとうございます。
主に営業活動を行っている松崎好明です。

緊急事態宣言解除(一部の県は除く)となり一段落と感じそうですが、実はそうでないことを気づいて行動しなければいけないと感じています。これまでの自粛期間といい、日本の皆さんの心意気と決断力はすごいなと感じる一方で、政府はもちろん、各県知事や市長であるトップの采配が大きく明暗をわけてしまう事もわかりました。固定概念にとらわれず柔軟な対応ができる人にトップを任せる重要性が改めてわかりますし、何より安心間が違います。気づきはこのような時こそ誰もが多く感じていくものだと思います。

さて本題です。以前の記事、素人営業3のつづきとなります。営業マンにとって大切な事など考えるより、毎日の件数を稼ぐ事に日々時間を費やしていました。まず話ができるかどうかは、玄関に入ってから15秒後にはわかります。
市場法則の3%・10%・60%・27%の3%(直感的に新しいものを採用していくゾーン)に当たるまで回り続けます。
しかしながら今更考えてみれば、新商品があるわけでもなく、見せるものもなく、何を伝えていたかと言えば、会社の名前と自分の名前。知名度がない会社の名前をきいても何も響かないです。むしろ怪しく感じる場合が大半ではないでしょうか?なぜかと言えば、もし自宅に訪問して来られた営業の方を素直に受け入れる事は自分でもしません。

今でも覚えているのは、おばあさんが近所の方とお茶を飲んでいるお宅に訪問した際に、帰り際「色んな人が来るね~、仕事が欲しいんだね~」と最もな正論。ただ毎日この正論を浴びれば浴びるほど、メンタルは下がる一方でした。
ただ、どんな時もどんな扱いwwをされても愛想と挨拶だけは徹底していました。こんな事は当たり前だと腹をくくる必要があったという事です。頼る人のいない状況下で訪問先の特徴を記した日記だけが積み重なっていく毎日でした。

ここで確かな事は自分がやっていることは必ず実を結ぶに違いないという自己暗示だけだったと思います。
営業という未体験ゾーン、いったいどうなるんでしょう。
今回はこの辺りで終わります。
引き続きステイホーム頑張りましょう。

マイホーム計画は線(せん)

いつもありがとうございます。
主に営業活動を行っている松崎好明です。

現在休校中の娘の自宅学習の朝顔の観察。芽が出てきました。生命を身近に感じる事ができたのかな?と感じた父でした。

さて本題に入ります。弊社が行っている家づくりは、主に新築とリフォームです。新築を例に上げてみます。
家づくりは、出会い→ご契約→マイホーム着工→完成・お引渡し→アフターとなります。会社の規模に関わらず、建売住宅以外はこれで進んで行きます。ここで確かなことは、どこの会社でマイホーム計画を進められても、マイホームを建てるのは大工さんです。いわゆる職人さん達です。ハウスメーカーさんも同様です。ハウスメーカーさんと契約したお客様のマイホームは提携している大工さんに仕事を依頼していきます。

工務店というのはイメージ的に大工さんと扱われがちですが、家づくりにおいては、ハウスメーカーさんと同じです。
ん~厳密に言えば違いはあります。会社の規模・従業員の数など。。大きな会社ほど分業化がより細かいという点は違います。お客様のマイホームが完成するまでには、本当に沢山の職種が必要です。例えば基礎工事を行う会社、水道屋さん、電気工事屋さんに、外部工事屋さんなどなど。私たちは家づくりに協力していただく会社を協力会社と呼んでいます。

これらの協力会社なくして完成はあり得ない。とても大事な方々です。
何が言いたいのかと言いますと、ここでつながる1番の事は、職種の違いはあれど、いかに弊社の家づくりの想いを理解してくれるかという事です。こことても大切です。マイホームはお引渡し後に本当のお付き合いが始まります・・・というフレーズはよく耳にすると思いますが、実際にはお付き合いが良好なものとなるか否かは、出会いから→お引渡しまで
トータル的なお客様のイメージで決まります。

例えば営業からはこんな想いの会社と聞いていたが、実際に工事が始まったら...引き渡された後は・・・。
ここでお客様が望んでいた建物や間取りと違っていたなんていう、そもそもの契約不適合な問題点は論外とします。
(そんな事があってはならない)

家づくりの想いといのは、自我ではなくいかにお客様と繋がっているかとい事ですので、私の場合はお客様とご契約いただいた後、設計や工務、そして職人さん達が本当に信頼できることが必須条件です。
理由はお客様が、ここの会社に頼んで本当に良かった=満足度は、営業から繋がったバトンが設計、工務、そして最後の協力会社さんがきちんと受け取り、ゴールしてくれることで感じていただける事が分かっているからです。

全てが点から線につながる事がとても大切なんだと、時にはお叱りを頂きながら日々勉強です。
これは一見簡単な風に見えて想いを束ねるのは本当に大変な取組です。社長だけが背負うことではありませんので。
今回はこの辺りで終わります。
ステイホーム頑張りましょう。

マーケティング

いつもありがとうございます。
主に営業活動を行っている松崎好明です。

本日は日曜日。何気に芸人さん達のオンライン飲み会をユーチューブでみると結構楽しく感じた昨夜でした。
と同時に歩合で働く芸人さんたち。コロナで仕事が激減している今、仕事ができて給与がいただける事に感謝です。

さて今回は前回の3%・10%・60%・27%の事について発信したいと思います。
この数値は、マーケティングに基づく消費者の購入割合を示したものですが、例えば新商品が市場に出てきた場合にまず3%の人は真っ先に購入します。このゾーンにいる方は、新しいもの好きで、価値等はほとんど追及しません。

次に10%、このゾーンにいる方は、新しいものにとても興味があるが、その商品が自分にとってどんな価値があるのかを調べ納得して購入します。

次が最も多いゾーンの60%、ここのゾーンにいる方は安心感がないと購入しません。流れ的には10%の方の評価や口コミによって、安心して購入または、誰もが持っているから購入します。

最後の27%のゾーンの方は、かたくなに新しいものを拒んだり否定したりしますので結果、購入には至りません。
新商品が急激に売れていくのは10%から60%の溝をクリアできるか否かで決まります。

例えば訪問的な営業で成果を上げるには3%あるいは新しいものに価値を認めて納得してくれる10%のゾーンです。
たまたま訪問して、直感的に仕事が取れるのは3%にぶつかるしかありません。10%はお客様が価値と利益を確認するために即決にはなりにくいです。
60%のゾーンは大きな市場ですが、安心感と誰もが持っているというレベルにならない限り購入には至らない事が分かります。大手で知名度がある会社はいきなり60%にアプローチしても知名度という安心感で勝負できる市場なのかと思いました。

営業に出て実際の市場はこんな現実が待っています。仮に27%にあたれば、断られてから営業の理屈は通用しないという事になります。どのような商品もこのリズムでいつか必ず衰退していくので、まずは3%・10%のゾーンに響く価値とサービスを常に思案していかなければ、いつまでも同じだという事に至るまでにはまだまだ幾度の壁が待ち受けていました。

知らないでやるのと知ってやるのでは、まるで意味が違いますね。学びは現在進行形です。
今回はこの辺りで終わります。


素人営業3

いつもありがとうございます。
主に営業活動を行っている松崎好明です。

本日は新築の上棟を控えたお客様の手形式を行いました。新居にいつまでも残る記念の想い出づくり。
本当に嬉しそうなご家族様の笑顔が印象的でした。

さて本日は私が営業職として弊社で過ごしてきた日々を振り返ります。訪問販売などをされた事のある方には手に取るようにわかる感情だと思います。一番苦手だった事は、訪問で玄関に入った途端、そこのお宅のご家族が勢ぞろいしている時でした(汗)お一人の場合は一対一ですが、言わば多勢に無勢。。少し意味合いは違いますが、挨拶一つにしても家族の注目を一身にうけています。しかもそこで冷たい視線が集中している場合は、早くこの場から去りたい衝動が・・・
訪問してくる営業に、手放しで歓迎してくれるお宅はほとんど皆無といってもいいでしょう。
それでも、仕事だと割り切るので、訪問件数を重ねることは変わりありませんでした。

パンフレットと名刺を残して(置いて)帰ることが仕事だと思わないとやってられません。叱られることはありませんでしたが、何気に冷たいお言葉を浴びることもシバシバ。素人が仕事をいただけるほど世の中は甘くないとわかってはいましたが、実際にやってみるのと、はたから見るのは雲泥の差です。

実は世の中には法則があり、3%、10%、60%、27%という事を知りました。
この法則がわかると、断られてからが営業だ!なんていう大昔の体育会系的な営業手法がいかに無意味だったのかがよく分かります。未だにこの法則を知らずに営業指示を出しているとすれば、忍耐そのもので、やる気も失う可能性があります。次回はこの法則についてお話できればと思います。
それでは今回はこの辺りで終わります。
ステイホーム頑張りましょう。

素人営業2

いつもありがとうございます。
主に営業活動を行っている松崎好明です。

さて前回の続きです。
会社を引き継ぐ事になった兄(現社長)に誘われて弊社の営業をすることになった私。当然営業はしたことはありませんでした。営業は仕事を取ることが仕事。だからひたすら訪問していくしかありませんでした。後にホームページを作ったりチラシなどを考えるのですが、毎日毎日、奥出雲町内、そして隣町のお宅にひたすら飛び込んで自社紹介のパンフレット(自作)と名刺をただ配っていました。朝から訪問をしていますので、在宅しているのは、ほとんどがお年寄りの方々。

今でも何となく覚えていますが「こんにちは。奥出雲町内の松崎建築の松崎といいます」「何かご自宅でお困りの事はございませんか?」という言い回しで名刺を渡してパンフレットを置いて帰る毎日。
少しでも嫌だな~という頭になると訪問するのがとてもストレスになるので、勢いのようなもので件数を重ねていく事が仕事になっていました。最終的な目的は受注で、その手段が訪問です。

しかしそもそもの失敗は手段と目的がいつしか入れ替わってしまった事です。
1日に最低これくらいは件数を廻る必要があると勝手に考えたのは私自身です。現社長(その当時は専務)も営業経験はないため、特に何も教わることはなく、いわば前例も、なにもないので手探り素人営業です。自分が考えて自分で訪問手段を決めていく。もちろん建築の知識もありません。自信もなにもない。でも一つだけ言えるのは、くさりながらでも、自分の仕事はこれなんだ!と決めてたこと。しかし勢いでできるのはせいぜい数か月。毎日毎日、屈辱やイライラの日々を重ねていきました。

仕事は当然取れるはずもなく。。。帰社して兄と話しても出口はみつからず。相談して余計にストレスを感じた日々も本当に多かったですw家族だから我慢できることもありますが、家族だから、兄弟だから余計に熱くなってお互いの立場を潰そうとしていた時期でした。要はうまくいかないのは人のせいってやつです。ここも課題なんですが家族間でお仕事をしている方なら必ず通る感情の部分でもあると思います。ここをうまく整理できないと会社は進んでいきませんので。
ネガティブな事かもしれませんが、経験した実話です。

このシリーズはネタが多いので長くひっぱりそうですww今回は終わりにします。
ステイホーム頑張りましょう。

素人営業

いつもありがとうございます。
主に営業活動を行っている松崎好明です。

医療機器の製造・検査という仕事から建築の仕事へ転身したのが30歳を過ぎてからです。
弊社社長は実兄で2代目となります。自分たちの父が立ち上げた会社。経緯等は省きますが、1代目から2代目にうつったときに徐々に仕事が衰退していきました。その背景として考えられるのはお客様の世代交代。ここで言えるのは世代交代だけでなく建築という仕事が明らかにサービス業に転化していったという事です。良いものを作れば売れる。良い仕事をすれば口コミが広がるという昭和の時代の考え方やお客様が求めるニーズの変化に対応できなくなっていたというのも衰退の原因だったと思います。

決して高い技術力が不要になったわけではなく、いいものを作ってもそれを殆どのお客様が知ることは無かったという事ともう一つは、急激にSNS等の媒体により、宣伝力の差つまり知名度の差が決定的な原因だったと思います。
お客様は圧倒的な宣伝力がある大手のハウスメーカーさんや、いち早く宣伝力を見つけて動いていた会社に目を向けていきました。
職人スタイルで次から次へと仕事が舞い込んできた、父の時代は幕を下ろそうとしていました。兄である現社長は大手ゼネコンから転身、家業を継ぐ形になりましたが、良かったのは本の数年でした。ここから苦難の道がはじまりました。
丁度そのころ私も職をさがしていた時でしたが、社長である兄は会社をさせていくために相当な苦難だったと思います。

私が兄と仕事をしようと決めたのは単純に職を探していた時に兄から声をかけられたからですw
もちろん即決などしていませんが、家族だからというのは大きかった事は今でも覚えています。
このシリーズもう少し続きそうですが、今回はこの辺りで終わります。

ステイホーム頑張りましょう。

希少価値って大事

いつもありがとうございます。
主に営業活動を行っている松崎好明です。

今日は実家の田植えでした。毎年手伝いに行っています。今夜はぐっすり眠れそうですw

さて今回は私がこれまでやってきた仕事、そして建築営業へ入っていった経緯を話します。
元々学校は電気を専攻していましたので、就職先も建築とは無縁の会社です。
弱電関係から医療機器の製造そして検査の部署にいました。
レントゲンの機械を作り、組み立て、きちんと写真が撮れるように調整するという流れの会社でしたが本当に面白かったというか、やりがいがありました。自分が調整したレントゲンの機械が海外や日本全国の医療現場へ運ばれると思っただけでプレッシャーもありましたが、本当に楽しかったです。親元の会社は島津製作所という会社で私がいたのは下請けの会社でした。レントゲンの写真がきちんと撮れるまで何度も調整をしていくのですが、その検査をするときは鉛の入った壁で仕切ってやります。というのもその都度X線という放射線を出すからです。

ごくごく微量な放射線量ですが、毎月血液検査が義務付けられていました。そんな楽しい仕事をなぜやめることになったかと言いますと、会社が潰れたからです。うーむ下請け会社の宿命か。。。

あの時になぜあんなに楽しくできた訳は、自分がいたポジションは上司をふくめて3名。会社の中でも極めて少ない人数でした。つまり希少価値がその部署にはあったという事です。仕事のやりがいは希少価値があるかどうか。結構ここに比例しているのではないかと思います。とりあえずお金かせぐための手段も否定もなにもありません。
でも仕事はどう考えても人生の大半の時間を使うのだから、どうせやるなら、やりがいを見つけたいと未だに感じています。私は今52歳ですが、まだまだ吸収したい。いい仕事をしたい。そして誰かに伝えていきたいと考えています。

今の仕事の件はまた次回にしたいと思います。娘の学校も5月31日まで休校となりました。
家族とコミュニケーションが取れる時間を頂いたと思い今取れる最善を尽くしたいと思います。
ステイホーム頑張りましょう。